第52回釜ヶ崎越冬闘争最終日

船谷 光雄
釜ヶ崎越冬闘争
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私が働いている事業所は釜ヶ崎支援機構というNPO法人です。部署は通称特掃といいます。「特掃」と検索すると孤独死や都立死した人の住居を片付ける「特殊清掃」のことがずらっと出てきますがそれではなく、高齢日雇労働者特別清掃事業というもので、簡単にいいますと高齢者を雇用して大阪府、大阪市の施設や道路の除草清掃作業をする仕事です。その中で私が担当しているのは、釜ヶ崎の地域内の主に道路の清掃です。高齢者10人ほどと私とでチームを組み釜ヶ崎地域内の道路を歩きながら清掃します。高齢者たちはほうきとちり取り、火ばさみを持って、私はリアカーを押しながらの作業です。6チームほどで分担して清掃していきますが、国道43号線を通るコースの途中に路上生活をしているおじさんがいます。

最初はただすれ違うだけの仲でした。その内何度も顔を合わすにつれ少しずつ挨拶を交わすようになり、最近では世間話をするくらいの仲になっていました。向こうは私の名前など知らないでしょうが私はおじさんの苗字は知っています。そんな仲です。そのおじさんが、私がボランティアで参加していることを知って釜ヶ崎越冬闘争に顔を出すようになったのです。僕のところにトコトコと歩いて来て挨拶を交わす。世間話をする。おじさんは催しを楽しんで炊き出しを食べて43号線の寝ぐらに帰って行く。

今回の第52回越冬闘争、12月28日の突入集会にもおじさんはやって来ました。私のところへやって来て挨拶を交わす。コンビニのレジ袋を差し出すおじさん。「これあげるわ」中を見てみるとたくさんの1円玉が入っている。なんとおじさんはレジ袋いっぱいの1円玉をカンパしてくれたのです。本部で数えてもらったら8,100枚ありました。8,100円です。

おじさんは越冬闘争に毎日やって来て催しを楽しんで炊き出しを食べて、最終日の1月3日、また43号線の寝ぐらへ帰っていきました。

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