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船谷 光雄
釜ヶ崎越冬闘争
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釜ヶ崎越冬闘争では、毎年12月28日夕方から翌1月4日早朝までの7日間、泊まる場所がなくなった仲間たちに臨時の簡易宿舎を提供し、実行委員会の野営当番が毎日寝ずの番をしています。写真は大晦日の深夜の模様、毎日の記録を手書きの新聞(日刊えっとう)にしているところです。

「日刊えっとう 第1号」

国・府・市は、今こそ路上に届く就労対策を拡充せよ!
越冬闘争をやりぬき4日お礼参りへ!

なかまのみなさん。越年の臨時宿泊所の事前登録が、12月24日、25日、28日の3日間、元の市更相(西成区保健福祉センター分館)である。宿代を手もとに残せるだけ仕事がなかったなかまは、この3日間の事前登録を逃さず、臨時宿泊所で、ゆっくり休み、元気を取り戻そう。詳しくは下の表に書いている。

もし事前登録に間に合わなくとも、29日の午前中に分館に行けば、なんとかなる。「原則40歳以上が対象者」ということだが、40歳以下でも事情があれば、対応してくれる。あくまで「原則」で「例外」もあるということだ。

去年は港区の港晴寮や自彊館本館に行ったいた人もいた。今年の宿泊所は、三徳寮のケアセンターと新しくできたシェルターのみ。釜ヶ崎の中だけで行われる。来年のことを、落ち着いていっしょに考えてみるよい機会にしていこう!

越冬実は「安心して働き生活できる釜ヶ崎」を求めて活動してきた。その中でも特に来年の課題は、生活保護を今は希望せず、働いた収入で暮らしたいと願うなかまに届く施策を行政に作らせることだ。

もう7年も前のことになるが、リーマンショックの時、派遣切りが続出して、路上に押し出される人が増えた。東京で派遣村の取組があり社会運動が盛り上がったので、政府はあわてて居宅保護をアパートなどの居所がない人にも適用するように通達した。釜ヶ崎でもこの機会に生活保護を受け、野宿から畳の上へ上がる人が増えた。その時野宿のなかまのうち半分ぐらいが生活保護を受けたと思う。裏を返せば、野宿のままでいるなかまが半分いたということだ。

自立支援センターは、いま若い人の利用が多くなった。屋根のある場所として路上生活をする期間を短くすることに役立っている。とはいえ、これだけ高齢化が進んでしまった釜ヶ崎のなかまにとっては、ハローワークに通い就職をめざすなんて、夢の中のお話である。働いた収入で暮らしていくことを願っているなかまの願いに応える施策となっていないのだ。

国は、2012年の生活実態調査で、野宿している人の高齢化・長期化について「今後の希望については、長期層ほど「今のままでいい」が多くなっているが、これは路上で仕事をしており、一定の収入を得ながら生活ができていることへの 彼らなりの自負も背景」という言い方で事態をよく理解している。それにもかかわらず、ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法に基づく施策を、今路上に残るなかまに届く形に見直すことを怠ってきている。

国は、「わしらのことばかり言うわけにいかんから」と遠慮して辛抱づよく生きていくなかまたちのことを、「施策にのらない困った人たち」「好きでやっている」「5年~10年すれば、もう高齢者だから自然といなくなるだろう」と考えて、対策を縮小していこうとしている。本当は逆で、野宿しているなかまが減ってきた今こそ、野宿しなくても暮らしていける社会を作るために、いま路上に残るなかまの声を聴き、制度を作り変えていくべき時なのだ。

建設現場で働く人はなくならない。不安定なアルバイト・パートにしかつけない若い人が増えている。これからのこの国をどうするつもりか。われわれには思いを伝える力がある。話が苦手な人はからだで示すことができる。越冬のたたかいをとおして、国・大阪府・大阪市をゆり動かそう。社会になかまの思いを伝えよう。

12月28日(18時~)三角公園で越冬突入集会

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