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船谷 光雄
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このウェブサイトの趣旨と概要

日雇い労働者の街として全国的に知られている大阪市西成区の釜ヶ崎地域で、長年に渡って日雇い労働者のために活動を続けている釜ヶ崎実行委員会、釜ヶ崎反失業連絡会(通称反失連)、釜ヶ崎日雇労働組合(通称釜日労)やその他関連団体の活動写真やその時々の釜ヶ崎の風景、スナップ写真などを撮り貯め展示していく写真日記です。私の仕事や活動の合間に更新しているため、撮影日時と更新日時が時系列ではなく前後したりずれたりすることも多々あると思います。その点はご了承ください。

閲覧環境について

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転載、リンクについて

釜ヶ崎の風景(この写真日記)の全てのページ、掲載している文章、写真などは全てご自由に転載、リンクしていただいて構いません。出典元として釜ヶ崎実行委員会やこの写真日記を表記していただけると嬉しいです。

釜ヶ崎実行委員会とは

年末年始の「釜ヶ崎越冬闘争」と8月13日から15日までのお盆休みの期間の「釜ヶ崎夏まつり」を実施している有志団体です。

釜ヶ崎越冬闘争

毎年、年末年始は「越冬闘争期間」とされています。1970~1971年の「仲間による仲間のための越年対策」として始まり、以後毎年継続されている闘争です。
万博が終わった1970年の年末、仕事がなくなり行政機関も一斉に休みに入ると、釜ヶ崎では多くの日雇い労働者がドヤ(簡易宿泊所)から路上に投げ出される事態が生じました。この状況に有志たちが「釜ヶ崎越冬対策実行委員会」を結成し、炊き出しや集団野営に取り組んだことが越冬闘争の始まりです。1975年には公園のテント村が大阪市・機動隊により取り壊し(行政代執行)を受けました。1978年には釜ヶ崎地区内の3つの公園が全面閉鎖されました。しかし釜ヶ崎越冬闘争は現在までその時代の課題と取り組みながら一度も途切れることなく続けられてきました。

釜ヶ崎夏まつり

夏まつりは、釜ヶ崎に集う労働者にとって、いわばふるさとでのお盆のような行事として親しまれてきました。夏まつりの期間中、公園には祭壇が設けられ、最終日には亡くなった多くの仲間の追悼も行われてきました。ステージパフォーマンス、釜ヶ崎の労働者が主役の労働者名人会、のど自慢、スイカ割り、綱引き、相撲大会、そして盆踊り。それに加えてたくさんの手づくり屋台など、夏まつりの催しは釜ヶ崎労働者、地域の住民、支援者などたくさんの皆さんの参加により、釜ヶ崎の文化としてすっかり定着してきました。
1972年の第1回以来、第48回(2019年)まで毎年途切れることなく続けられてきましたが、新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大の影響を受け、第49回(2020年)は中止となりました。夏まつりは故郷に帰ることなくこの地釜ヶ崎で亡くなった労働者達を慰霊するための大切な夏の行事です。第49回は中止となりましたが、三角公園には慰霊のための祭壇を設け、亡くなった仲間たちの写真や名前を掲示しました。

寄付のお願い

資金で協力

越冬闘争、夏まつりでは毎年多額の資金が必要となります。現在も釜ヶ崎実行委員会では資金集めに奔走しております。厳しさを増すこの経済状況にあって心苦しい限りではありますが、釜ヶ崎の運動・取り組みに関心を寄せる多くの皆様に資金協力をお願いしたく思います。

【振込先】

みずほ銀行 難波支店 普通口座 1387094 釜ヶ崎実行委員会代表山田実
ゆうちょ銀行 記号14110 番号33722521 釜ヶ崎実行委員会

【他金融機関から振り込みの場合】

ゆうちょ銀行 418支店 普通預金 3372252 釜ヶ崎実行委員会
郵便振替口座 00960-4-108331 釜ヶ崎実行委員会

物資で協力

越冬闘争、夏まつりでは次のような物資を必要としています。皆様のご協力をお願いしたく思います。

  • マスク、消毒用アルコール、消毒用ティッシュなど
  • 毎日の炊き出しに使う米、もち米、お米券、調味料、野菜、その他食料
  • 冬の寒さをしのぐための寝場所、医療パトロールで寝袋、衣類(成人男性用防寒着、下着、靴下、カイロなど)
  • 石鹸、タオルなどの日常生活用品

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コンタクト

〒557-0004
大阪府大阪市西成区萩之茶屋1丁目9番7号
釜ヶ崎実行委員会(代表 山田実)
電話:06-6632-4273
メール:kamagasaki.excom@gmail.com

越冬闘争

越冬闘争(えっとうとうそう)とは、年末年始の休日を生き残るためにドヤ街で行われる政治闘争を交えた各種活動のこと。「越年闘争(えつねんとうそう)」ともいう。

年末年始は、多くの企業が休日に設定している。しかし日雇い労働者にとっては、その間全く仕事がないことを意味し、まさに死活問題である。その対策として、行政は日雇い労働者に年末一時金を支給したり、慈善団体が炊き出しを行なったりしている。

越年闘争は窮民革命論の影響を受けた日本の新左翼の活動で、「一人の死者も出すな」の合言葉の下、炊き出しを通じて日雇い労働者の「団結」を促し、自党派へのオルグを進めていくものである。

日雇い労働者は、共産主義思想でいうところのルンペンプロレタリアートであるため、既成左翼のオルグの対象から外されていることが多い。新左翼は「ニッチを開拓する」意味も兼ねて日雇い労働者の支持を得ようとしているのである。
ドヤ街では、他の地域で余り目にすることがない新左翼のアジビラ(※1)が貼られているのは、この越年闘争でドヤ街に食い込んでいるからである。

※1 アジビラとはアジテーション・ビラの略語で、政治的を扇動(煽動)を目的とする文言を記載した書面のこと。また、アジビラの内容などを一文に要約し、多くは木製の板に記して路上に掲示したものをアジ看(アジテーション看板の略)という。

越年闘争 - Wikipedia

書いている人

釜ヶ崎に住む55歳以上の日雇い労働者を雇用して、大阪市内及び府下の施設や道路などの除草、清掃、保育所の遊具のペンキ塗りなどの作業を実施している「高齢日雇労働者特別清掃事業(通称特掃)」で指導員として働く日雇い労働者です。特掃は1994年から始まった大阪府及び大阪市の事業で、NPO法人 釜ヶ崎支援機構が1999年11月より委託を受けており、私は2019年の夏から働いています。

船谷 光雄(メール:webmaster@kamagasaki.jp)
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